招待客は何をどこまで求めている?

ゲスト優先の婚礼が美徳と言われて久しいですが、果たして本音はどうなのでしょう。

私自身は実は婚礼に出席するのは好きではありません。

オリジナルだ、オリジナルだとご当人や会場がどれだけ言おうが、どの婚礼に出席してもほぼ同じで目新しさを感じることはありません。

精々が、受付にやたらと二人の額や、ウェルカムボード、ふたりを模した人形や、絵などがごちゃごちゃにあることと、エンディングロール位が最近変わった箇所なのですが、それも今や既に当たり前になっています。

コンピューターによる動画編集、スライドショーなどの商品は、日本で初めて1997年に自分自身が開発したものなので、正直今更と言う感も否めません。と、手前味噌な話でした。

後は、変わったところでは、ブーケプルズや、新郎新婦がゲスト一人一人にデザートを提供していく、フォトサービスと言って、お色直し入場の際に各テーブルごとに集合写真を撮るなど程度で、これらも今や古くなったイベントです。

出席自体はともかく、仕事として10000件以上の婚礼を見ている限りでは、何も変わったところはありません。

唯一変わった婚礼と言えるのは、何かをするのではなく、全く何もしない婚礼と言うものです。

なにもしない婚礼

司会もなし、時間もなし、ケーキカットもキャンドルもなし、スピーチもなし、乾杯はあっても新郎が音頭をとる、余興なし、手紙も花束贈呈もなし、最後に主催者である新郎のお父様の挨拶が唯一のイベントと言うものでした。

しかも、新郎の父だけがその場に立ってすると言うだけのもので、非常に斬新なスタイルでした。

何も気にせず、お金を支払って、ただ食事に行っただけと言うもので楽で仕方がなかった記憶があります。

もしかしたら、これがゲスト中心の婚礼と言うものではないかと思ったほどです。

美味い料理と酒をひたすら味わうだけ、他は何も気にせずに済む、普段と何も変わらず、違うのは祝儀と着る服だけなのです。

有難いことに、引き出物もなく身軽に帰られました。

ゲストの歓待と言って、あれもこれもと主観でやたらとイベントを用意しても、本当は全くゲストの為になっておらず、結局自己満足でしかないことに気付いていないのが今の婚礼なのではないでしょうか。

多くのゲストの本音は、祝儀で出した金と、時間を費やした分の労苦をキッチリ回収したいのが本当のところでしょう。

出席者の本音・・・・

web69

良く持ち込まれる相談は遠方の方のものです。

距離的に日帰りは不可能だが、宿泊費や交通費は出るのだろうか、朝の早い婚礼なので、前乗りで前日に行かなければならないが、その場合の費用はどうなるのか?

掛った分が出ないとしたら、祝儀から差し引いても良いのか?というものです。

確かに、日帰り出来ない距離であれば、往復の交通費、前乗りすれば2泊分の宿泊費、その間の食事代、仕事を休んだ損失、祝儀と考えると10万円以上の出費となります。

それをお祝いだからと簡単に出せるほど世の中の景気は良くありません。

文句を言わずに金に限らず祝ってやれと言う声が聞こえてきそうですが、死活問題である人もいるのです。

そう言う事を考えずに祝えと言うのは、ある意味他者の立場を考えない偽善とも言えるでしょう。

常識で考えれば、往復の分の交通費、1泊分の宿泊費、宿泊場所の確保、それに少し遠方からの労苦を労う意味で色を付けて渡すのがモラルですし、ゲスト歓待を考えるなら、変なイベントに固執するのではなく、こういうケアにこそ気を遣うべきなのです。

もう1泊分は夜中に出るとか、工夫すれば良いだけですので、そこまで相手に求めるのは大きな間違いです。

結婚式に出席したい人なんてほとんどいません。

当人達の本当に近い人間、親、兄弟、祖父母程度しか出席を望んでなどいません。

親戚ですら近しくなければ迷惑だとしか考えません。

ましてや友人、会社の同僚、会社の上司などは出来れば止めてくれと言うのが正直なところです。

もちろん、中にはお祭り人間や、感情移入し易い人がいますので、僅かばかりの例外はありますが、多くは出たくないものです。予定外の出費ですし、数度結婚式を体験した人には退屈なだけですから。

ですので、どれだけ頑張ってイベントや、面白い企画を立てても、迷惑なだけで当人以外は誰も喜びません。

必要な事は、充分なケアとやってやり過ぎることのない気遣いなのです。

これこそが、真のゲストの為の婚礼なのだと言えます。

負担なく、気分良く、面倒が無く、シンプルに終わらすこと、これが大事です。

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